『甘口辛口』 ⑩
―母の味―
旅館の朝は、おなごしょで始まります。
いわゆる女衆が厨房(ちゅうぼう)に入り、朝食を作ります。
玉子焼きは母の担当です。
ダシ巻き玉子が主流となっている今日ですが、砂糖、塩、みりんで味付けする
とろっとした甘い玉子焼きです。
母は五頭い嫁いで32年、夫(私の父)を亡くして21年になります。
旅館業も子育ても細腕とは言いませんが、女手ひとつでよくやってきたなぁと感心します。
毎日どんなことがあっても変わらず厨房に立ち、玉子焼きを焼いている母。
私は、母が夫を亡くした歳(とし)に近づくにつれて、この日々の繰り返しの中に
母の強さを感じ、自分には到底できないことだと実感させられます。
「お客さまがおいしいって喜んでくれるから」とただ笑う母。
環翠楼の玉子焼きは母の味。
私だけの母の味ではなく、みんなの母の味です。
どうかこれからも元気で焼いてくださいね。
環翠楼名物はたくさんあります。
そのひとつに 帳場で行われる母娘のケンカがあります。
「ケンカするほど仲が良い」だよね?お母さん。
これからも二人で、
いや、環翠楼のみなさんと頑張っていきましょうね。
どうぞ宜しくお願い致します。
弥栄子
2008.01.17